人間の生き方、ものの考え方(1)

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福田 恆存(つねあり)の「人間の生き方、ものの考え方」(2015年2月11日初版)は、タイトルからして、私には分不相応かなと思いましたが、具体例を多用しており、面白くて一気読みでした。

思想家の書物は難しいのではないかと敬遠される方が多いと思うのですが、この本は「学生達への特別講義」を収めたもので、学生に分かり易く語りかけているものです。高校生にもお勧めできる一冊です。

読書するときは、共感する箇所や考えさせられる箇所などに付箋をつけるのですが、この本を読み終えると付箋だらけでした。

メモがてらに、数回にわたりその一部を紹介します。

尚、文芸批評家・浜崎洋介の書評(2015.3.22)はこちらです。
http://www.sankei.com/life/news/150322/lif1503220029-n1.html

経験としての歴史(p170)から抜粋。
・・・途中から・・・

個人も、過去というものを失ったら人格喪失者になると申しました。
それと同じように、国家も過去の歴史というものを否定するようになれば、その国家がなくなったということになる。だから、革命が起って全過去が否定されると、その国家は消滅して、別の国家がそこに生じたということになる。
そうなれば、その構成員である個人も大変です。今まで過去の日本の歴史に背負われて来たわれわれは、どうしていいのか分からなくなる。個人も存立できなくなってしまう。
そういうように国家と個人は密接につながって離すことができないものなのです。
過去を保持するということ、その一貫性、連続性というものによって、個人の場合には一つの人格を持ち得る。国家もそれを保持することによって、国柄、国体というものを保ち得るのです。
これを否定したらもうすべておしまいです。

諸君にしてみれば生まれる前の戦争ですが、あの戦争を境にして、この一貫性、連続性はかなり危なくなった。全く失われてはいないでしょうが、稀薄になってしまった。そこに生きて行くということは並大抵の努力ではありません。

われわれの場合は、まだ過去を保持していますし、経験として過去を背負っている。あるいは過去に背負われているからいいのですが、諸君の場合は何とか努力して、過去を経験しなければ駄目だと思います。

最後に補足的につけ加えておきます。
さっきから、歴史や言葉の問題を話してまいりましたが、皆さん誰しも間違えていることがあります。それは、歴史学ぶ、言葉学ぶ、自然学ぶという風に思っている。そういう考え方は間違っているので、われわれは歴史学ぶのです。

歴史がわれわれを教える。われわれは歴史から教わるのです。自然から教わるのです。言葉から教わるのです。
それは、さっきの知識と経験ということも関連してくるのですが、歴史を学ぶという場合には、知識として学ぶということになります。それは逆で、歴史が私たちに教えてくれるのです。
歴史から学ぶのであって、歴史を学ぶのではありません。こうして歴史から学ぶ、言葉からも学ぶという態度が大切だと思います。

・・・以下省略
私がこの本を購入した時の帯書きは、「絶望から脱出せよ」でした。2014年に第7期中教審において日本史を必修科目にしましたので、「絶望から脱出」できそうです。
【中教審答申】
「日本」語れる人材育て 高校日本史必修化…授業数確保に新科目も検討
http://www.sankei.com/life/news/141121/lif1411210004-n1.html
これまで高校の歴史の必修は世界史であり、日本史は選択科目にすぎなかったのですから大きな一歩です。自国の歴史を知らずして、世界の歴史を学んで何の意味があるのか?いくら英語を話せても、自国の歴史を語ることができなければ、国際人として失格です
例えば、語学が得意な国際政治学者(自称)の都知事は当てはまると思うのですが、どうでしょう。

英語よりも国語と日本史が大切であり、小学生は英語よりも躾と道徳教育が大切です。
例えば、英語を社内公用語化している楽天は、英語よりも会社全体で道徳教育が必要と思うのですが、どうでしょう。

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楽天は台湾で暴行して大暴れした隆大介を日本人と報道しました。隆大介は韓国人です。楽天は嘘をついてはいけません。
「嘘つきは泥棒の始まり」、最近では「嘘つきは韓国人の始まり」なんていわれているようです。ところで、この報道記事の担当は、どこの人?
http://hosyusokuhou.jp/archives/43314067.html

ここまでが、この本が出版された直後(2015.3)に投稿した記事です。

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本日は、関連する内容で良いブログ記事を見つけたので、以下を追加して再投稿です。

その前に都知事騒動の件で一言。

語学力がご自慢の舛添前都知事の狼狽ぶりを見ていて思ったことは、やっぱり小学生は英語教育よりも道徳教育です。

そして、都知事選の桜井誠さんの演説から感じたことは、福田恆存の懸念(以下)はネットのおかげで払拭できそうです。若者達はマスコミに騙されないということです。
「過去を保持するということ、その一貫性、連続性というものによって、個人の場合には一つの人格を持ち得る。国家もそれを保持することによって、国柄、国体というものを保ち得るのです。これを否定したらもうすべておしまいです。」
マイクロソフト日本法人の取締役を務めていた成毛眞(なるけ・まこと)氏が『日本人の9割に英語はいらない』という面白いタイトルの本について、伊勢雅臣氏の国際派日本人養成講座(ブログ)で簡潔にまとめています。
詳しくはブログ記事(「英語ができなければダメ」という強迫観念から、まず抜けだそう)をお読みになってください。

以下は、特に大切なところですので、そのまま転載します。
 ■8.国際派日本人にお勧めの英語勉強法 
 
弊誌で今まで英語教育を扱ってきた号ともあわせて、年代別の英語勉強法をまとめると、以下のようになる。

・小学校まで: 幼児に英語を教えるのは百害あって一利なしであるから、まずは国語をきちんと教えて、言語能力、論理的思考能力を鍛える[b]。英語塾に通わせるよりも、論語の素読や日本語の名文を暗唱する塾に入れて日本人としての背骨を鍛えるべきだ。[c]

・学生時代: 中学、高校では文法中心の英語をしっかり勉強する。英文法と知的に格闘することで、国語の力も磨かれる。大学に入って、将来、英語が必要な数%になる志があるなら、その文法力の上で、英米人の英語ではなく国際コミュニケーション用の英語(イングリック)を学ぶ[d]。

・社会人: 英語を勉強する暇があったら、自分の専門分野の勉強をするか、日本の古典や歴史を学ぶ。もし、本当に英語が必要な数%となったら、現地で泥縄の勉強をすれば良い。 これによって専門能力と日本人としての品格を持って、国際的な舞台でも流暢ではないが論理的な英語できちんと自己主張ができる国際派日本人になれるだろう。
(文責:伊勢雅臣)
最後に、19世紀後半にドイツ統一を主導し、初代ドイツ帝国首相を務めたオットー・フォン・ビスマルクの格言から。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

本日の一曲

「The Ronettes / BE MY BABY」です。



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by monomoman | 2016-08-08 21:34 | 読書
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