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旭川高専8期生同窓会の記念品/2018年

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もう半年以上前の昨年の6月に、旭川高専8期生(機械工学科)同窓会が鬼怒川温泉で開催されました。

このスマホスタンドは、その時の記念品です。オーダーメイドで作ったものを少し変更して作りました。右側がストッパーを取り付けたタイプで、左側がストッパー用に溝加工したものです。

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私ぐらいの年になると、スマホよりも携帯を利用している方が多いので、オプションで写真を立て掛けられようにバックプレートとガラスのセットも用意しました。

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横から見ると、こんな感じです。

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CDも立て掛けられます。

by monomoman | 2019-01-28 17:56 | ├旭川高専時代 | Comments(0)

旭川高専8期生同窓会の記念品を作る楽しみ

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このキーホルダーとストラップは旭川高専機械工学科8期生の第6回目の同窓会の記念品です。

12年前から始まった同窓会ですが、今回から同窓会の記念品を作らせて頂けることになりました。まずは感謝!。
今後の同窓会は参加する楽しみの他に、記念品を作る楽しみもプラスされました。

多くない予算内で、そこそこ喜んでいただけるような物作りは面白いです。駄目でも5年間寄宿舎で同じ釜の飯を食った仲間なので許してもらえるかな?との安心感もあります。
なので、大変ですがストレスは感じません。その代り、儲けはないでしょう。でも、商売とは思っていないので大赤字にさえならなければ良いのです。

今回の記念品のために焼き印を製作したのですが文字数が多くて、しかも、二段になっているため、焼き印作業がなかなかうまくいかず、これが製作工程で一番難しい作業でした。

焼けていない文字があったら、やり直しできないのでゴミ箱へ直行です。

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ストラップの右側には6回目の”6”を、裏側には機械工学科の”M”を刻印し、キーホルダーには日付けと開催場所(sapporo)と6THを刻印しました。

この刻印作業は難しくはないのですが、一文字ごとの刻印ですので面倒な作業です。
注意点は、小さな刻印ですと、強く打ちすぎると文字間で亀裂ができることがあります。参考に、この刻印サイズは3ミリです。

このストラップは焼き印を失敗。キーホルダーの焼き印作業は綺麗にできたのですが刻印を失敗。よって、これらは自分用です。

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梱包はこんな感じです。

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全部で21個+予備1個の製作でした。

今回は時間がなかったので無難なキーホルダーとストラップにしましたが、次回は、ちょっと変わった物にしようかと今から思案中です。

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宴会には同席しませんでしたが、ご婦人(同期生のヨメさん)も来られましたのでmono momanの木のパスケースを記念品としました。

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定山渓温泉での同窓会は2回目です。ホテル”鹿の湯”の私の評価は良くもなく悪くもなく。お値段13,000円(夕食がバイキングだと8,000円)を考慮すると満足度は高いです。

旭川高専機械工学科8期生は53人が卒業。毎回、20人ぐらいが全国から集まります。出席率約40%は多いと思うのですが、どうでしょう。

還暦を過ぎた頃から、この同窓会が一番の楽しみになっています。

本日の一曲

「 ザ・カスケーズ / 悲しき雨音」です。




by monomoman | 2016-10-10 07:04 | ├旭川高専時代 | Comments(0)

旭川高専時代/ジェットストリームで眠りにつく

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北海道の市立深川中学校を卒業して旭川高専の寄宿舎に入ったのが、もう少しで半世紀前のこととなります。

携帯やスマートフォンのような、とんでもなく便利な道具の登場を、想像すら出来ない時代です。勿論、CDも無し。

カセットテープが音楽用として世に出てきたのが1970年代でありますから、それも無し。音楽の録音はオープンリールテープでしたが、高嶺の花。

レコード(400円)を買うお金もない貧乏学生ですから、もっぱら音楽鑑賞はラジオ📻です。

そのラジオ番組で一番のお楽しみがベッドの中でイヤホーンを通して聴く、1967年にスタートした東京FMの「ジェットストリーム」でした。

なんでイヤホーンかというと、12人室なので眠っている人への配慮です。プライバシーとは無縁の部屋でしたね。でも、めちゃくちゃ楽しかったですよ。

ちょっと、脱線して旭川高専時代の寄宿舎の部屋について。

2年生は新入生を指導する意味合いから1年生と同じ部屋で、4人部屋と8人部屋と12人部屋の3タイプありました。
私が1年生の時は12人部屋でしたが、お隣はドアを隔てて8人部屋、そのドアは開けっ放しだったので実際は20人部屋みたいなものです。とにかく、賑やかでした。

3年生になると、全員が4人部屋。4年生で2人部屋となりタバコ臭くなってきます。最終の5年生になって、やっとプライバシーが確保されますが、甘い香りを放っていた部屋は私の知る限りありませんでした。

この5年間は、本当に楽しくて面白かったですね。5年間も同じ釜の飯を食った仲間ですので、2年毎の同窓会が一番の楽しみでもあります。ほとんどの同級生は私と同じく同窓会を楽しみにしているようで、四国から北海道に来る奴もいます。

話しを元に戻します。この番組から流れる美しいストリングスメロディー以上に印象に残っているのが「城達也」さんの名ナレーションです。

その時のオープニング・ナレーション

太陽が沈んでからもう、ずいぶん時が流れました。

昼間の雑音と埃に汚された時間はすっかり宇宙の果てしない暗黒の中へ吐き出され、今 私たちのまわりを音もなく流れている時間は高度1万メートルの空気のようにフレッシュです。

地球の自転によって成層圏に起こる壮大な大気の流れ、ジェットストリーム。

その神秘な永久運動さえこの純粋な時間の流れの中では、夜の潮騒のように私たちの身近に迫ってまいります。

この3年後に、現在のオープニング・ナレーションに変更されます。

現在のオープニング・ナレーション

遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。

満点の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に 心を開けば、煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。

光と影の境に消えていったはるかな地平線も瞼に浮かんでまいります。

これからのひと時。
日本航空が、あなたにお送りする音楽の定期便、「ジェットストリーム」。
皆様の、夜間飛行のお供を致しますパイロットは、わたくし、城達也です。

このジェットの離陸音と共に聞こえてくるナレーションは、「深々とした夜の闇」と「夜の静寂」とは無縁の大部屋だったので、なおさら心に残るナレーションでした。

ついでに、エンディング・ナレーションです。

エンディング・ナレーション

夜間飛行の、ジェット機の翼に点滅するランプは、遠ざかるにつれ、次第に星のまたたきと区別がつかなくなります。

お送りしておりますこの音楽が、美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように。

日本航空がお送りした音楽の定期便、「ジェットストリーム」。

夜間飛行のお供をいたしましたパイロットは、わたくし、城達也でした。

エンディング・ナレーションの時は、大体は高いびきだったので、微かにも記憶にありません。

尚、城達也さんは1995年に他界され、現在は5代目の大沢たかおさんが引き継いでいます。

それでは、皆さん、良いお年をお迎え下さいませ。

本日の一曲

今年、最後の一曲は、「ジェットストリーム(夜間飛行)城達也」です。


by monomoman | 2015-12-29 07:09 | ├旭川高専時代 | Comments(0)

旭川高専時代/慰霊音楽行進の思い出

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旭川高専で勉強(いや、生活)してきた5年間(いや、6年間)は、想い出がたくさんあります。青春のど真ん中でしたから、当たり前かな。勉強家だったので5年生を2回もやってしまったのです。

本日は、旭川高専時代の想い出から。

私は吹奏楽部に入部した事はありませんが、北海道旭川市の「慰霊音楽行進」に参加した事があります。♫

まずは、北海道旭川市の「慰霊音楽行進」を説明します。

「まち自慢.net」より。

1929(昭和4)年、当時の北海タイムス社旭川支社長が、東京の銀座通りで行われた軍楽隊の行進を知り、旭川でもと始めたのがきっかけで、当初は護国神社例大祭の奉納行事「慰霊音楽行進」として行われました。終戦とともに軍事色は後退し、今では、旭川市民の初夏の風物詩としてなくてはならないものになりました。

「音楽の町・旭川」を象徴し、各地から毎年約4000人が参加するという国内では例を見ない規模で開かれる演奏パレードです。沿道は例年15万人を超す大観衆で埋め尽くされます。吹奏楽の世界有数規模のお祭りです。🎷

ルートは
北海道護国神社~旭橋~平和通買物公園~旭川駅~約3キロぐらいです。

ここから先が、思い出話です。
これだけの規模の演奏パレードなので、道内学校の吹奏楽部は、この「慰霊音楽行進」が、まさに「晴れの舞台」なのです。

ところが、旭川高専5年生の時の吹奏楽部は、人数が足りずこの「晴れの舞台」に参加出できるのか、窮地に陥っていたのでした。そこで、お助けマンの登場(私)です。

悪友が吹奏楽部に数人いて「お前は音楽に詳しいから手伝え」です。でも、私が得意なのは尺八(同好会の会長をやっていました)なのに、やらされたのはシンバルです。
これって、凄いですよね。お願いする方も、受ける方も、今にして想えば常軌を逸しています。怖いもの知らずでした。
しかも、練習したのは、たったの2日間(延べ3時間ぐらい)。さらに、曲目は「士官候補生」と「ワシントンポスト」の2曲です。勿論、此のくらいの練習では覚えきらずに、本番に突入でした。

護国神社を出発して旭橋の手前までは、マジメにやっていたのですが、その後はアドリブでシンバルを叩いていました。

この行進は本当に気持ちのいいものでした。なんたって、沿道は大観衆なのですから、心は完全に吹奏楽団員に成りきっていましたよ。

それと、もう一人の悪友(今、小学校の先生)は音痴なので、応援で「旗持ち」でした。いい思い出です。(小林先生はクシャミしてるかな?)

記事を書くにあたり、忘れていた処をネットで調べていたら、以下の事に気付きました。

●開催日が護国神社祭本祭日から、六月の第一土曜日に変更。
●スタートが護国神社から、旭橋を渡らないロータリーに変更。
●名称が「護国神社慰霊音楽行進」から「北海道音楽大行進」に変更。

この演奏パレードから「護国・神社・慰霊」の伝統・文化・思想を葬り去りたい輩がいるようです。

重みのある伝統行事にふさわしい名称「護国神社慰霊音楽行進」から、どこにでもあるような陳家な名称「北海道音楽大行進」にしてしまったのか?残念です。

それと、折角の「晴れの舞台」なのだから、行進距離を短かくしないで、護国神社から出発すればいいのに。旭橋を渡る時が、誠にもって爽快な気分なのです(経験者の私が語る)。関係者はいったい、何やってんだか?

平和を叫ぶ何でも反対集団は、平和集団なのに暴力的で、うるさくて、ねちっこいから分からぬでもないが、頑張ってほしかったねぇ~。

この事を、よく覚えておいて、近い将来、日本国から反日左翼を一掃したあかつきに、元に戻しましょう。

本日の一曲

士官候補生(High School Cadets March)です。


by monomoman | 2015-06-12 06:49 | ├旭川高専時代 | Comments(0)

ジューンベリーの開花

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我家の敷地内にあるジューンベリーに可憐な花が咲きました。

「花の命は短くて・・・」なんて言葉がありますが、この花はそのとうりで一週間ほどで散ってしまいます。桜の花より短いですね。

下の句も付け加えると、「花の命は短くて、苦しきのみこと多かりき」

デジタル大辞泉の解説によると、「林芙美子が色紙などに好んで書いた短詩。女性を花にたとえ、楽しい若い時代は短く、苦しいときが多かったみずからの半生をうたったもの」。

この短詩で連想したのが、以下の産経記事です。

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国会はまるで「学級崩壊」…離席、読書、スマホ、居眠り…目を覆う国会議員の振る舞い
http://www.sankei.com/premium/news/150505/prm1505050014-n1.html

「議員の命は短くて、居眠りのみこと多かりき」

mono moman大辞泉の解説書によると、「クリのモンタ(私のニックネーム)がブログ記事などに好んで書いた短詩。直ぐにでも訪れる衆議院解散が怖くて、次の選挙準備のため地元でのお付き合いに疲れ果て、国会では居眠りばかりしていたときが多かった自ら(民主と共産)の半生(と反省)をうたったもの」

冗談一発でした。

国会審議の実態には言葉を失います。マスコミは安倍批判ばっかりやってないで、こういうのを大々的に問題提起すべきです。

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mono momanでは木工教室はやらないのですが、旭川高専の寄宿舎で5年間、同じ釜の飯を食った友人ですので、特別にやっています。

この友人は3回目なのですが、今回は教え子達へのプレゼント用にフォトフレームを50個も作ります。完成は何時になることやら。

by monomoman | 2015-05-09 13:08 | ├旭川高専時代 | Comments(0)